引退ブログ #1 主将 飯室大


皆さんこんにちは!!

 

 

学習院大学アイスホッケー部2020年度主将の飯室大(いいむろたい)です。

4年間で間違いなく1番悩みを聞いてもらったMG原愛乃からバトンを受け継ぎました。マネージャー長としてチームを引っ張ってくれて本当にありがとう。

引退する4年生が書き綴ってきた引退ブログですが、僕が最後に締めさせて頂きます。

書きたい事が多く、まとまりのない拙い文章になってしまうかもしれませんが、とてもとても長い文章を最後まで読んで頂ければ幸いです!!

 

 

まず最初に、僕の兄について少し書かせて下さい。僕と兄は、1つ違いの年子で幼稚園から大学までずっと同じ学校に通っていました。中高では、2人とも野球部に所属し、彼の背中を追いかける事が多かったです。大学ではお互い違うスポーツを選びました。兄はアメリカンフットボール、僕はアイスホッケー。

兄は大学時代、足首の骨折や前十字靭帯の断裂など3回もの大手術を経験しました。そんな心がくじけそうな中でも、誰よりも努力し、情熱的にそしてポジティブに部活に取り組んでいました。3年間ほとんどプレイしていないのにかかわらず、4年生では副将としてチームを引っ張っていました。

僕はそんな尊敬する兄の背中をみて、自分を信じて、ひたむきに努力する大切さを学びました。そして、自分も必ずチームのリーダーとして見本になる選手になろうと決意しました。

 

 

 

前置きが長くなりましたが、ここからは僕の4年間について書きたいと思います。

 

1年生は、とにかく必死に練習した年でした。スケートも全く滑れず、練習についていくのがやっとでした。公式戦でユニフォームを着たのも、同期の中で僕が最後でした。

 

2年生になり、スピードやフィジカルの強さが評価され、試合に出る機会が増えました。4年生がユニホームをもらっていないのにもかかわらず、2年生である僕が試合に出場していました。誰よりも努力をし、出場できない先輩の分もチームのために走りました。2部昇格をかけた最終戦では、1セット目として試合に出場しました。勝手にプレッシャーを感じ、試合の2日前に40度を超える高熱が出ました笑。微力ながら2部昇格に貢献でき、本当に貴重な経験をさせて貰いました。先輩に支えられるそんな年でした。

 

3年生になり、副将に選ばれました。

僕たちの1つ上の代は最強の代でした。5部だった学習院を2部まで上げ、低迷していた学習院アイスホッケー部を強くしました。そんな代が中心となりどんどんとチームは強くなりました。ただ、それと同時に試合に出れる人と出れない人でチームに対する思いが開いていくのを感じました。僕はどうにかチームを1つにしたいと悩み、抱え込んでしまいました。悩みすぎたのか、10円ハゲが出来てしまいました笑。

 

やっとの想いでたどり着いた2部での試合は、勝てそうなのに勝てない試合が続きました。主力として試合にでるようになって、その勝てない悔しさや不甲斐なさは今でも覚えています。結果、2部4位。昇格を目指していたチームとしては悔しい結果に終わりました。この年は、選手としては成長してできたものの、副将として役目を果たすことはできませんでした。

当時、どんな事を言っても嫌な顔せずに包み込んで下さった4年生の懐の大きさに感謝しかありません。これからも仲良くして下さい。

 

 

4年生になり、主将に任命されました。

あの最強の代が消えて、去年試合に出ていた選手は自分を含め2人しかいない。そんな中で去年勝てなかった2部で戦わなければいけない。周りから聞こえてくる声も勝てるのかという懐疑的な声でした。主将として、なんとしても2部で勝てるチームを作ることに大きな責任を感じていました。

ただ、主将は思った何倍も大変で責任の重い立場でした。監督からの連絡や部員からの連絡は全て主将に集まるし、最終的な判断も即時に下さないといけない。言いたくない事を部員に怒らないといけないし、コーチが変わった今年は練習メニューも自分が考えていました。

そんな中、コロナ禍で部活動が全くできない事態になりました。春大会は中止になり、秋大会も開催されるか分からない状況になりました。4年生の就活も重なり、部員の心が離れていくのを感じました。ただ会おうにも会うことはできない、たった1人で戦っているような感覚になりました。

心がもう折れてしまいそうな時に、佐瀬監督に言われた言葉がありました。「人はなかなか変わってくれない。ただ、大が誰よりもやっている姿に心が動く人はいるんじゃないの?」この言葉に救われました。これで自分がやるべきことがはっきりしました。

僕は、明るくポジティブな性格上大雑把な人に見られがちだけど、実は結構色々と気にしちゃう性格です。なんで練習来ないのかなとか、この練習メニューでみんな満足してるかなとか、こう言ったらみんなどう思うかとかいろいろ考えていました。ただ、主将がぶれたらチームがぶれる。兄に学んだようにそして監督に言われたように、

「誰よりもポジティブにひたむきに努力し続ける。」

「2部で勝つことを強く強く信じ続ける。」

心が動く部員が1人でもいればいいという思いで、この2つをコロナ禍でもやり続けました。

そして、練習が再開され、無観客の中で秋大会が始まりました。特別大会で昇降格はありませんが、2部優勝を目指しての戦いが始まりました。

vs横国 2-5

vs駒澤 4-6

vs上智 2-7

去年と同様勝てそうで勝てない試合が続きます。ラスト1ヶ月、勝利への強い思いを持って、自分達に足りないところと本気で向き合い続けました。少しずつでありますが、チーム全員が1つになってきたそういう感覚がありました。そして僕たちの引退試合でもある12月13日筑波戦。

去年は全く歯が立たなかった相手に対し、3-0で勝利を掴む事ができました。勝利を掴んだ瞬間たくさんの想いが込み上げきました。

 

アイスホッケーを楽しむ事ができなかった主将としての1年間。

コロナ禍で1人苦しみ続けた日々。

4年間、どんなに体調悪くても、テンションが上がらなくても、部活を1度も休まずいつでもポジティブに声を出し続けた事。

 

多くの大変な事がありましたが、全てがこの勝利の為だったんだと思えました。プレイヤーマネージャー誰1人欠けても届かなかった、そんな全員で掴んだ勝利でした。チーム全員がチームを思って全力で戦えるそんなチームの主将であることに誇りを覚えました。

 

最終順位は4位。去年を超えることはできませんでしたが、全員が1つになれば2部で戦えることは証明できました。

 

個人としても、2得点4アシスト。チームの中で1番ポイントを稼ぐ事ができました。少しは、去年と比べて成長できたかもしれません。ただ、この結果は4年間ひたむきに努力し続けたからこそだと思います。後輩には、意味ない事は何1つないから、目の前の事を全力で頑張ってもらいたいと願っています。

 

 

 

こうして振り返ってみると、あっという間の4年間でした。誇れる4年間だったと思います。誰よりも泥臭く熱く自分らしい4年間でした。「ひたむきに努力し、誰よりも情熱を持って、ポジティブであり続ける」を最後まで貫き通せました。

もし、部員の誰かが自分の姿を見て、その心を動かすことが出来ていたならば大満足です。

 

 

今年は当たり前が当たり前でなくなり、これまでどれほど多くの人に支えられてきたのか実感する年でもありました。最後にお世話になった方々へ感謝の言葉を述べて、このとても長い引退ブログを終わりたいと思います。

 

監督、コーチの皆様へ

4年間本当にありがとうございました。お忙しいのにも関わらず、深夜の練習に毎回来てくださるこの環境は本当に恵まれていたと思います。今年1年間は主将として、密にコミュニケーションを取る中で多くの事を学ばせていただきました。感謝しても仕切れません。本当にありがとうございました。

 

OBの方々へ

いつもチームを支援してくださりありがとうございます。また、1年2年3年の時に一緒に戦った先輩方は心から尊敬しています。引退した時も多くの先輩方に声をかけていただき、本当に嬉しかったです。

 

後輩の皆へ

今年1年間ついてきてくれて本当にありがとう。来年以降は、人数も少なくなるし、コロナも終息しない。そんな苦しい状況かもしれない。でも、1人1人が同じ方向を向いて1つになれれば必ず勝てるチームになるはず。意味ない事は何1つない。勝利を信じて、歩み続けよう。

 

同期の皆へ

4年間本当ありがとう。色々な辛い思いや苦しい思いがあったけど、それを乗り越えられたのは同期の皆のおかげです。最後の勝利は4年生の強い思いが引き寄せたと思っている。12人全員に本当に感謝しています。

 

家族へ

中高では、野球部で朝早くに家を出て、夜遅くに家に帰って、大量の洗濯物と大量の食事と本当に迷惑をかけました。大学では、兄弟共々激しいスポーツ選び、怪我をしないかと心配をさせたと思います。試合に出ない1年生から全ての試合に来てくれてありがとう。部活に最大限集中できるような環境を整えてくれたからこそ最高の4年間を送れたと思います。本当にありがとうございました。

 

監督、コーチ、OBの方々、同期、後輩、友人、家族すべての支えてくれた皆さんに恩返しできるよう、情熱と謙虚さを持ち続けて、さらに大きな人間になります!本当に4年間ありがとうございました。

 

#1 主将 飯室大